KOBE ART MARCHE

Interview 16 / 石鍋博子

HIROKO ISHINABE meets KOBE ART MARCHEHIROKO ISHINABE meets KOBE ART MARCHE

我々の欲求を満たしてくれる分かりやすいメディアがあふれている世間において、アートコレクションという文化は根付きにくいのかも知れない。「見る」まではしても「買う」に至るまではなかなか険しいのが現実だろう。そんな中、「アートコレクターのムーブメントを起こしたいんです」と語るのは「ワンピース倶楽部」代表の石鍋博子さん。ワンピース倶楽部という1年に1作品購入する条件を掲げて活動する現代アートコレクタープロジェクトの代表を務め、現代アートマーケットを広める草の根運動を行っているとってもパワフルな人だ。ご自宅を訪ね、アートコレクターになったきっかけやワンピース倶楽部発足のあゆみを詳しくお聞きした。

Photo: Shingo Mitsui  Text: Shingo Mitsui / Yuki Teshiba

アートのある暮らしを全国に広める活動家

石鍋さんが代表を務めるワンピース倶楽部が発足したのは2007年。日本の美術業界にはアート作品を購入するコレクター人口が少なく、美術を買う楽しみをもっと世の中に知らしめたいという石鍋さん個人の気持ちから始まった。東京、名古屋、関西、金沢、北海道、四国など全国に支部を抱え、最盛期には150人以上まで会員が増えたこともあるという。現在の会員は60名強。年々、あらゆる人のアートへの関心を広めていた。そんなワンピース倶楽部の活動についておうかがいした。
日本の美術界はギャラリーやアーティストが沢山いますが、鑑賞する人はいても購入するコレクターの数が圧倒的に少ないからアート業界はお金が循環しないという話を耳にしました。それで「1年に1作品必ず買う」というルールのもと、ワンピース倶楽部を始めてみたんです。今では、アートコレクターを全国に広める運動だと思ってやっています。
ワンピース倶楽部の入会条件を教えてください
プロジェクト参加費である1万円を払えば誰でも。会員の方から徴収した1万円で「ワンピース倶楽部展」という展覧会を毎年開きます。ここで会員が購入した作品を展示するので、私はこのプロジェクト参加費を“覚悟金”と呼んでいます(笑)。だから作品を買う覚悟がある人。毎年新たな気持ちでやりたい人だけを集めているんです。
ワンピース倶楽部が目指しているゴールはありますか?
純粋に多くの人にアートと触れ合ってほしいですね。自分でも、ギャラリーやオークション、無名のアーティストから作品を買って、アートの面白さに気付きました。私はアートだからって敬遠せずにもっと日常的にアート作品を見ることを、ワンピース倶楽部を通じて広めていきたいと思っています。

テレビマンシップで取り組む

アートコレクターになる以前、フジテレビで番組を手がけていたという石鍋さん。当時はまだまだ男性社会中心のテレビ業界の中で女性ディレクターの草分け的存在だった。音楽番組「ミュージックフェア」などの制作に携わり、イベントのプロデュースも沢山してきた。そんなテレビマン時代に積んだ経験値が現在の活動にも大いに役立っているという。
アシスタントディレクター(以下AD)をやっていて、人生に不可能はないと学びました(笑)。当時の経験が根底にあるから、なせばなるという自信になっています。携帯電話やパソコンがない時代でも、ディレクターから明日までに「これやれ」と言われたらADは絶対に従わなければいけません。それでも、なんとかピンチを乗り越えて番組をオンエアしていったんです。
テレビ業界時代の、今も役立っているエピソードがあれば教えてください。
ADはとにかく時間がないので、選択肢が山ほどあっても即応性が求められます、直感でこれだ!とひとつ決めて、照明さんや他のスタッフに動いてもらう。間違えていれば後で直す。私が選択肢に迷う時間=みんなのロスタイム、ということに気づいたんです。迷うよりもとりあえず動く。あのときに培った決断力の速さは役立っています。あと全国放送を担当して、どこまで踏み込んで良いかどうかのボーダーラインなどは感覚で分かるようになりましたね。
テレビやワンピース倶楽部の活動など、当時も今も石鍋さんは世の中に影響を与える役割ですね。
影響を与えるという大それたものではなく、やっぱりそういう性分なんでしょうね(笑)。まだまだですが、いずれはアートコレクターのブームを起こしたい。世間にもっとアートコレクターの面白さを知ってもらいたいです。

アートという生きる糧

石鍋さんは、子どもの頃から特にアートに興味があった訳ではなかったという。海外に行けば観光として美術館に行き、日本で有名な展覧会があれば見に行く程度。アートに目覚めたのは、アートフェアとの出会いだった。それからアート作品が石鍋さんの生活を彩っていったという。
私はテレビ業界に18年間勤めていたので、世の中について広く浅く知っているつもりでした。だけど世界中のアートコレクターや評論家が集まって人気アーティストが生まれるアートフェアについては知らなかった。かの村上隆さんもアートフェアで認められ、世界的なアーティストになったと聞きました。私の友達にギャラリストがいるんですけど、アートフェアに参加するというので見に行ったんです。そのときすごく楽しかったからこの面白さをもっと広められたらいいなと思ったんです。
アートフェアはどんなところが魅力だったんでしょうか。
アートの話は政治や宗教と違って誰とでも話せました。主人が亡くなって、残りの人生を見失いかけるんですが、私の気持ちが息を吹き返すくらいアートは魅力的でした。ふたたび、ヨーロッパの4都市で開催されたアートフェアに行き、帰国してすぐにワンピース倶楽部を立ち上げました。
アートコレクターになってみて実際どうでしたか?
とっても楽しいですね。アートコレクターって作品でビジネスをしていないので、普通に考えて業界に利害関係はないんです。自分が好きで集めて、お金払って、いつ辞めてもいい。それでいて作家やギャラリーにとってはありがたいと思ってもらえて、邪険にされることもないから楽しいですよ(笑)。
これまで買った作品の中で思い出はありますか。
私はアーティストの処女作というか初めて作品として売ったものを買っていることが多いんです。最初に売れた作品ってアーティストとしても特別じゃないですか。そうすると、そのアーティストのお母さんみたいな感じ(笑)。その瞬間のアーティストとのコミュニケーションの時間がとっても好きですね。アーティストにはその機会が一度しかないし、一生忘れない瞬間だと思います。

コミュニケーションの手段として

石鍋さんのご自宅は東京の下町にあった。閑静な住宅地に建つ立派な日本家屋だ。日本画や骨董品にまみれて現代アートが廊下や書斎、応接スペースに置かれ、トイレにも所狭しと飾られている。石鍋さんいわく、アート作品はどんな場所にでも飾れるそうだ。
みんな飾る場所がないというけど、その気になれば飾れるんです。トイレの壁も狭くてもつめていけば飾れるスペースがちゃんとあるんです(笑)。
日本家屋に現代アートってなんだか趣きがありますね。
元々は骨董を集めていて、だから古いものも沢山あるんです。主人が遺したアンティークトイもまとめて飾っています。新しいものと古いものとが互いに中和し合っているみたいな感じですかね。本当に古いものも新しいものも、新人もベテランのアーティストの作品もいろいろミックスしています。
石鍋さんにとって、アートとはなんでしょうか?
アートはコミュニケーションツールだと思っています。ワンピース倶楽部が生きているアーティストの作品購入を勧めるのは、アーティストとの交流も楽しむことや、作品の購入プロセスで、自分と作品やアーティストとのストーリーが語れるかなんです。現代アートの定義なんて分からないし、つきつめていくと生きているアーティストのものを買うというのが一番現代アートの楽しみ方だと思いました。買ったらアーティストから「ありがとう」と言ってもらえますし。

絶対大丈夫という生き方

石鍋さんにはワンピース倶楽部代表のほかにも、東日本大震災で被害を受けた岩手県大船渡市でのボランティア活動、講演会の仕事など多岐に渡る活動をしている。
私が今応援しているのは自分の出身地でもある大船渡とアート。大船渡には碁石海岸という観光地があって、せっかくだから囲碁を使った町おこしをしたいと思ったんです。2014年から始めて今では囲碁電車と囲碁神社まで出来て、面白いことになってきています。
テレビマンにワンピース倶楽部、数々の道を切り拓く石鍋さんに、自己実現の秘訣をお聞きした。
自分は大丈夫だと思うだけ。大丈夫だと思うことで、結果ポジティブな思考になるんです。思いを変えただけで現実が変わるのがわかる。謙遜でも「私ダメな人間だから」と言えば、その人はいつかダメな人間になっちゃう。余計なことを考えて暗くなるなら、何があっても絶対大丈夫と思うこと。自信を失わせない。それが一番大事です。自分はダメだと思った人生と絶対大丈夫と思った人生は明らかに違う人生だと思うんです。
そんな石鍋さんに共感を受けるアーティストもいらっしゃるんじゃないでしょうか?
影響を受けたり与えたりしたアーティストはたくさんいます。みんな自由でとっても素敵な友人です。アートというと完成作品を見たがるけど、作っている人間を見れば、もっと面白い。私が刺激を受けるのは、作品を作る人よりもアート的な生き方をしている人ですね。
石鍋さんの思うアーティストとはどういった人でしょうか。
「すべての活動ーファッション、建築、音楽、すべての文化にインスピレーションを与える存在がアーティストなんだ」ってあるアーティストが教えてくれました。だからアーティストがいて流行が生まれる。

アートが日常的にある世界

石鍋さんはいつも面白いことを考えることが楽しみだと教えてくれた。今年還暦を迎え、還暦パーティでは半年前から練習し、琴にピアノ、ワルツにヒップホップのダンス、チアリーディング、書道などを本格的なレベルに高めて大勢の前で披露したという。本気で楽しむ姿勢はアーティストそのものだ。
自分がわくわくする何か面白いことをしたい。頭の中にあることが現実化するというのはすごい楽しいんです。還暦パーティにはアーティストなどクリエイティブ関係の人を呼んだんですが、見てた人が、この中で一番のアーティストは石鍋さんだって言ってくれました。
石鍋さんの夢ってなんでしょうか。
私は肩書きのない人になるのが夢です。いまでこそワンピース倶楽部代表ですけど、フジテレビを退社したときは何にもならないというのをベースに生きてきたんです。いろいろやっていても一時的で私の全てではない。だから一個人として、アーティストのようにして生きることが理想です。ずっとみんなを驚かせて生きていければと思っています。
最後に、石鍋さんにアートフェアについておうかがいした。
もっとたくさんの人がアートを楽しみ、作品を買うようになればいいなと思います。神戸アートマルシェにもほぼ毎年行きます。普段は会えない神戸在住のお友達と待ち合わせて。特別にアートを見るのではなくて、日常の中でアートを見たい。お友達に会って、オリエンタルホテルに泊まって、朝食食べて、たのしくアートに触れる。東京とは違った作品が見ることができてうれしいし、同時に六甲ミーツアートや神戸ビエンナーレの年は見られるし、毎年楽しみにしています。

ARTIST PROFILE

石鍋博子さん

岩手県大船渡市出身。慶應義塾大学法学部卒業。小・中・高校時代まで岩手県、宮城県で過ごす。大学卒業後、フジテレビにて番組制作、イベントのプロデュースを手がける。1999年(有)石鍋エンタープライズを立ち上げ、2005年夏より現代アートに関心を持ち、2007年7月非営利団体「ワンピース倶楽部」設立。アート界活性化を目指し、国内外のアートフェア、美術館、ギャラリー等を廻る日々を送る。講演活動も多数。

ワンピース俱楽部WEBサイト

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