KOBE ART MARCHE

Interview 11 / AKI INOMATA

AKI INOMATA meets KOBE ART MARCHEAKI INOMATA meets KOBE ART MARCHE

やどかりにインコ、ミノムシや犬など、生き物をモチーフにして作品を発表しているアーティストがいる。東京都出身のアーティスト、AKI INOMATAさんだ。INOMATAさんが制作したもので良く知られているのは、3Dプリンターで作った「やど」を背負ったやどかりの『やどかりに「やど」をわたしてみる』シリーズで、日本の結婚式場や世界各国の都市などをモチーフにしたコンセプチュアルでユニークな作品だ。複数の大学で非常勤講師や技術スタッフを勤めつつ自らの創作活動をおこなっているINOMATAさん。まだ残暑の厳しい8月のある日、彼女が制作をおこなう東京大学の研究室を訪ねた。

Photo: Shingo Mitsui  Text: Shingo Mitsui / Yuki Teshiba

やどかりと日本人

『やどかりに「やど」をわたしてみる』シリーズでは、世界各地の都市型の「やど」をやどかりに渡して引っ越しをさせる『Border』(2010-2013)、日本のホワイトチャペルの建物が「やど」となった『White Chapel』(2014-2015)が発表されている。やどかりの「やど」を都市や教会に見立てる発想はどこから生まれたのだろうか。
フランス大使館の土地がフランス領だったということがきっかけだったんです。2009年に大使館解体イベント『No Man's Land』で展示をさせてもらったときに、フランスから日本に土地が返還されて、50年後に再びフランスに戻るという話を聞いたんです。同じ土地なのに国が変わるというのが衝撃的で、国が引っ越しているように感じました。その辺りからやどかりの習性に結びついたんです。
生き物のやどかりを使うというアイデアはどこから出てきたのでしょうか?
フランス大使館での展示プランを考えているときに、友達から「弟がやどかりを飼っていて、すごく迷惑」という話を聞いたんです。やどかりは自分で貝殻を作らず借り物の貝殻を利用します。しかも交換可能でやどが変わっていくのが、欧米を模倣してきた私たち日本人のアイデンティティの問題と結び付けられると思ったのがきっかけでした。大使館の話と結びついて国境のテーマが降ってきて「あーこれだ!」ってなったんです。

アーティストとして生きる道

東京で生まれ育ったINOMATAさんは、お茶の水女子大学付属小学校で過ごした。学校の塀の内には自然がいっぱい、外には殺伐としたビル群。学校に通いながらそんな都市生活に違和感を覚えていったという。その違和感がご自身のアーティスト活動のコンセプトを作ったと振り返る。
小学校の塀の中と外では別世界というのが、わたしの小さい頃の現実で、リアルとバーチャルの世界を漂流していて身体が2つの世界に分離してしまう感覚がありました。でも学校の中の生き物って限られた環境の中で生活をしていて客観的にはリアルに感じるんです。生き物たちの生活からヒントを得て、生き物に人間を見立てていくことを思いつきました。生き物に演じさせる演劇を作ることで、自分たちを客観的に見ることができ、2つの世界を彷徨う感覚をリアルな世界に繋ぎ止めていけるんじゃないかなと考えたんです。
アーティストはいつごろから目指していたんですか?
物心つくころには、アーティストになりたいと思っていましたが、父や母からは「生活が不安定だからやめなさい」という至極当然なアドバイスをもらい、大学は横浜国立大学の教育人間科学部に入学したんです。ただ、アートを本格的に制作したくなって、先生に相談したら「美大に行ってみたら」と背中を押してくれて、美術大学に進学しました。アートをやりたいならやるしかないし、自分で切り拓く以外ないと思ったんです。
アーティストを志すきっかけとなったエピソードがあれば教えてください。
わたしの場合は、大学で就職活動をしている先輩たちがやりたくもない仕事に就くのを見て一念発起しました。この時期にアーティスト・椿昇さんの「アーティストはたった独りで社会を変えていける稀有な職業だ」という言葉にも出会って感銘を受けたんです。組織を作る力があれば起業するのも格好いいと思ったんですが、私はアーティストになりたい夢を持っていたので、アーティストを志したんです。

時代を突き動かす志で

自らのやり方でアーティストとなったINOMATAさんにとって今の社会はどう見えているのかをうかがった。
これからの社会でサバイブするのは大変だろうなとは思います。けっこう浮き沈みがありますよね。そもそも昔とは職種も状況も違うと思うんです。今みたいにWEBデザイナーはいなかったし、新聞社や雑誌などの編集マンも昔はもっとメディアとしての影響力が大きかったんじゃないかな。私の小さい時は会社を立ち上げるという話もあまり聞いたことがありませんでした。そう考えると、職業は自分で作っていくしかないんでしょうね。今では、社会をもっと良くしていきたいとか変えていきたいという志しで起業する人もいるので将来が楽しみです。
アーティストになって良かったことはありますか?
作品が良ければですけど、アーティストはたった独りでも社会に対する疑問を多くのひとに問いかけ、100年後や1000年後のひとに訴えることもできます。それは組織に所属していてはなかなかできないことだと思っています。

女子会でひらめく

INOMATAさんは現在、東京大学でデジタルファブリケーションと電気情報を融合させた研究をおこなっている。休憩のタイミングをうかがって都会の真ん中に広がる自然を散策しながら、INOMATAさんに1日の流れを聞いた。
ようやく落ち着いたんですが、先日までは展示が立て込んでいました。お台場の仮設アクアリウムの中での生態展示やスパイラルのエントランスでの展示、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での展示と3つ重なっていたので、展示準備やメンテナンスと、もぐらたたきのようにこなしていく毎日でした。みなさんが思うアーティスト像と違うかもしれませんが、大量の事務仕事やスケジューリングなど、細々したところをこなしつつ作品制作するという生活を送っています。
作品のアイデアが浮かぶのはどんなときですか?
女子会が多いですね(笑)。やどかりの着想もそうですが、たいていアート関係者じゃないひとと、他愛もない話をしているときにひらめくことが多いんです。
普段、息抜きの時間には何をしていますか?
最近は、お休みの日があまり取れていないんです(笑)。今は東京大学の他に、3つの大学で非常勤講師を掛け持ちしています。でも、やっぱりぼーっとする時間も必要なので、ある土地に行って作品制作を行う「レジデンス」に参加して制作に打ち込みたいと思うんですが、そうすると大学の仕事を手放さなきゃいけなかったりして、むずかしいところですね。

To do, or not to do

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]では新しい技術を使ったメディアアートの代表作品を展示する『オープン・スペース 2015』が開催されている(2015年8月31日、現在)。INOMATAさんの作品は2015年8月1日まで新進アーティストを紹介する展示『エマージェンシーズ! 025』としてこれまでの作品に加えて、新作も出展されていた。INOMATAさんは新作に対して躊躇があったと語ってくれた。
新作『LINES--貝の成長線を聴く ver.1.0』は、貝殻に記憶された成長線の音をレコード盤にして聴くというサウンドスケープのような作品で、貝の成長線を扱っています。ただ貝の成長線はサイエンティストの研究分野ではないかと悩みました。分からないことが多くてエセ科学になってしまうのも怖かったんです。アーティストであるわたしが取り扱って良い題材かどうかは慎重で、自分がどうしてもやるべきと思う問題意識の強さがあるかないかをジャッジポイントにしています。
生き物を使った作品づくりが多いですが、スランプとかありますか?
日本語を少しだけ話せるインコとのフランス語レッスンの記録映像『インコをつれてフランス語を習いに行く』では、異なる言語、母国語・外国語の差異やそこにある外国語コンプレックスを題材にしています。実はインコがフランス語を話さず諦めて休憩していた時期があったんです。それでも周囲から勇気づけられ、再開してみたら喋ったんです。この作品は動機があったからスタートしたんですが、困難が降りかかったときにくじけるんです。自分の中での題材に対する問題意識の強さはシビアに考えないと後で痛い目を見るので、常に気をつけています。
くじけそうな気持ちをどうやって乗り越えましたか?
やっぱり自分の中にあるテーマがはっきりしてくると、なんであろうとやらなきゃいけないという気持ちになる。テーマがあやふやだと「特に誰も必要としていない、やらないほうがいいかも」という気持ちになったりするので、自分の中の研究対象がだんだん明確になってくると順調に進んでいくと思います。

あらゆる境界線を越えて

最先端技術を使って生き物とのコミュニケーションを試みるINOMATAさんにとっての最終的なゴールとはなんだろうか。
本当に良い作品を一個ずつきちんと作っていきたい。『Border』では国境を越えていくやどかりから国籍の問題を考えるのがテーマだったんですが、これからも活動を続けて、特定の国ではなくて言語を越えたところで人に伝わればいいなと思っています。できれば時間も越えていきたい。国境の問題もそうですが、長いスパンがかかる問題がある中で、わたしの作品も長い時間に耐えうるものを作ることが目標です。
世界を変えていきたいということでしょうか?
説明がむずかしいのですが、みんなが前向きに生きている状態にしたいです。わたしの場合は身近なところにある1個の「なぜ」という疑問点をいろんなレイヤーから切り口を提示できるといいなと思っています。震災の問題ひとつとってもいろんな側面があって、わたしが思っている感じだと視点が少ないんです。もっと視点を増やせていければもっと良い解決があるかもしれなくて、そういう仕事をしていきたいですね。
最後に、今アーティストを目指している人にメッセージをお願いします。
アーティスト活動で収入を得て生活し、制作していくことは特に活動を始めた初期では難しいことです。上手く自分の活動を続けていけるような仕組みを考えることが大事かなと思っています。あと人としてちゃんとすること。約束すっぽかしたりしないとか、人として当たり前のことを当たり前にするのが重要な気がします。アーティストって破天荒なイメージがあるんですけど、そのイメージでもって仕事すると上手くいかないんじゃないかな。普通に会社が守ってくれたりフォローしてくれる訳ではないので、いろんなことができるといいと思います。

ARTIST PROFILE

AKI INOMATAさん

現代美術家。1983年、東京都生まれ。東京芸術大学 大学院 先端芸術表現専攻 修了。都市生活への問題点をテーマに、生き物に人間を見立てた作品制作を行う。アメリカ、フランス、ドイツなど世界各国で展覧会を開催。現在、大学で非常勤講師などを行いながら制作に取り組んでいる。
2012年 第15回岡本太郎芸術賞入選、2014年 YouFab Global Creative Awards 2014 グランプリに輝く。

撮影協力 : NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

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