KOBE ART MARCHE

Interview 21 / 磯野泰治

YASUHARU ISONO meets KOBE ART MARCHE YASUHARU ISONO meets KOBE ART MARCHE

“目で見える世界と見ることができない世界から成る真実性“をテーマに作品制作をする現代美術作家の磯野泰治さん(以下、磯野さん)。2015年度の神戸アートマルシェが主催する若手アーティスト支援プロジェクト『Artist meets Gallery in KAM』に選出された実力派アーティストだ。現在もAppleでの仕事と並行し、精力的に個展やグループ展等で作品を発表している。
今年、『藤沢市アートスペース(FAS)』で開催された磯野さんが参加した企画展『せかいをうつす』(2017年7月8日~2017年8月20日)は、神奈川新聞など各メディアにも取り上げられ、大盛況だった。磯野さんのもとを訪ね、制作の現場や展示の様子等を案内してもらいながら、磯野さんがどのようにして美術家の道を志したのか、お尋ねした

Photo: Shingo Mitsui  Text: Shingo Mitsui / Yuki Teshiba

再出発

前述の企画展『せかいをうつす』では、磯野さんの独自の切り口で“せかい”を表現した絵画作品が展示してあった。新たに描き下ろした横幅およそ5メートルの油彩画『and Ray』をはじめ、過去作から未発表作品までの作品も多数出品。10点以上ある作品群から現代美術作家としてのキャリアを順調に積んでいるように見える磯野さんにも、7年間絵を止めていた時期があったという。再び絵を描くきっかけは何だったのだろうか。
お世話になっていたギャラリストが突如自殺によって亡くなった事に、当時精神的に参っちゃって。それで2007年の個展以来、2015年まで殆ど絵が描けなかったんです。休筆していた時に偶々『Artist meets Gallery in KAM』の募集を知って、久しぶりに描いていた作品を展示してみようと思ったのがきっかけになっています。学生からプロまで参加OKというところも良かったですね。6年間も本格的には描いていなかったので選出のご連絡を頂いた際は驚きました。この受賞のお陰で世界が広がり、その後も作品を発表してみようかな、と思えるきっかけとなりました。
今回の新作『and Ray』でこだわった部分はありますか。
遠目で見た時の風景と視界の広がりをまず感じてほしい。「あ、森だ」と具象的なイメージに気付き、近付いた時には実際の実像から何も見えなくなりペインティングの物質的な生々しさを全面的に感じる。そしてまた離れ、遠くから観れば光が見えてくる。つまり現実と非現実を行ったり来たりする世界の在りようを表現したかったんです。
『せかいをうつす』に参加したいきさつを教えて下さい。
FASの学芸員の方に選出して頂きました。過去の作品から最新作まで出品してほしいと依頼を頂き、多数の作品を展示することができました。時系列を追って一堂に並べて展示出来る機会はなかなか無いので、とても感謝しています。

何を使うか<何を作るか

FASは、制作から展示・発表までを一貫して行うことができ、制作過程を公開するオープンスタジオとしての機能も備えている。来場者がアーティストと交流することもできる施設だ。磯野さんの新作『and Ray』も制作過程を公開して徐々に出来上がっていく様子を見ることができた。
この作品はプロジェクターで自ら加工と編集を施した画像をキャンバスに投影してトレースしています。ヨハネス・フェルメールは、カメラ・オブスクラという被写体を平面や壁に投影するカメラの原型の様な機械を使って描いていました。今の自分と同じ様なスタイルですね。自身の今回の画法は一見新しそうですが、実は古い伝統的な方法で描いている、ということです。
作品作りでお気に入りの道具や必需品があれば教えて下さい。
ホルベインのペインティングナイフや『OMEGA』の刷毛は気に入っています。ただ僕は元々道具への執着があまりなくて、質の高い作品が出来るのなら道具は何でも良いという考え方。プロジェクターは邪道という方もいますが、先にお伝えした通り実は伝統技法でもあるので作品が良くなるのであれば使うし、作品にとって必要がなくなれば使わないというだけのことです。あまり拘りはありません。
絵を描く時に迷ったり悩んだり、思ったように描けない時はありますか。
思ったように描けない時はよくあります。それだけでなく、絵はやり直しにもとても時間がかかるんです。描いた後に、Macのショートカットキーの様に簡単に「command」+「z」で元に戻せたらいいのに、とよく思いますね(笑)。

制作場所について

磯野さんのアトリエ兼仕事部屋は、茅ヶ崎駅近くの実家にある。現在Appleでの仕事と並行して作品制作をそこで行っている。磯野さんが敢えてプライベートな空間で仕事や制作を行う理由についてお伺いした。
東日本大震災の時、家には持病を持つ母が独りでした。僕は二人兄弟なんですが、兄が実家に帰れないというので、当時横浜で仕事をしていた自分が歩いて帰宅しました。でも停電していたり、渋滞やら何やらで中々家に辿り着けなくて。それ以降は実家の近くで仕事をしないと母のことが心配だなと思い、身近な範囲でできる仕事を探しました。
すぐに仕事は見つかりましたか。
そうですね。前職は某営業会社で日本一の成績を納めることが出来たので、Appleではそのキャリアを評価して下さり入る事ができました。絵を描くことや、仕事以外での自分の時間も大切にしてほしいというAppleのコンセプトもあり、良い出会いに恵まれたと思っています。
絵を描く時間を教えて下さい。
仕事を終えてそれ以降は制作時間に充てています。締め切りに追われている場合はすぐに制作に取りかかりますが、普段はもう少し余裕を持って描いていますね。作品のドローイング作業にはMacもよく使います。
絵画制作の場合、キャンバスや絵具にも多くの費用がかかるのではないですか。
学生の頃はお金もあまりかけられないので大変でした。色材メーカー『ホルベイン工業』が奨学金制度を行なっていて、奨学生として認定されると50万円分の画材を無償援助して下さるのですが、最近その審査に通過しました。キャンバスもものによっては大体10万円位するものもあるので、画材を援助して頂ける事にとても感謝しています。

描くことで探す真実

アトリエには、画材や段ボールにまみれて、代表作のひとつ『歪(H Izumi)~侵食される視界_真実を捉える為の考察_魔方陣絵画No.072』(以下、歪)や以前個展で展示したというドローイング作品等が保管されていた。どちらも見る世界に対する疑念を投じる絵画だ。磯野さんにとって作品のコンセプトとは何だろう。
『歪』は、アングルという画家の『泉』という作品がモチーフになっています。アングルの泉は、現代美術の生みの親マルセル・デュシャンの『泉』のモチーフでもあります。自分の中でこの泉をモチーフに作品を作りたくて、モザイク加工にしてみました。遠くから観れば崇高な美術作品でも、近くで見ると歪んで、ただの絵具の色の集積でしかないのです。視覚の不確かさを考えてもらいたくて作った作品です。
作品やアートを通じて表現したいものを教えて下さい。
一つ一つの作品にはコンセプトがありますが、完成した結果がアートとして伝えたいことだったのかというと答えづらい。描く事で真実を探しているのです。例えば分かりやすいところで言えば、震災の時も流布される報道が全く信じられなかった事や、アメリカの大統領選ではトランプの当選前にメディアはでたらめなフェイクニュースばかりを報じていたことなど。全てのそうした「世界」に対峙した際に生じる自身の違和感を作品に落とし込んで表現しています。
プロとして食べられなくなるとか考えたことはありますか。
売れないなら売れなくても良いという思いです。元々売れるために絵を描いているわけではありません。自身に生じた問題意識を解決するために絵を描いています。ただ、最近展示させて頂く機会が増え、作品を購入して下さるコレクターの方々もいて、そうした時に自分が感じていた感覚に共感して頂いているのかな、と思うと単純に嬉しいですよね。

段ボールのゴッホ

磯野さんの母校・鶴嶺高校を案内してもらった。高校時代に友人とゴッホの絵画を段ボールで表現したという作品が今も校長室前に飾られていた。高校卒業後、2年間の浪人生活を経て東京芸術大学(以下、芸大)に入学した磯野さん。芸術家への進路を決めたのは、高校生活の時だったという。母校を一緒に周りながら、磯野さんがアートに触れたきっかけをお尋ねした。
元々アーティストになりたいとは思っていませんでした。ただ高校を卒業してすぐに就職するのも何かしっくりこない、何か違うなと感じていた時に、友人が偶々美術室で石膏デッサンをしていたんです。「お前何してんの?」と聞いたら、「美大に行きたくて」という会話をして、そこで初めて美大に行くための予備校があることを知りました。当時から絵を描くことは好きだったので「じゃあ俺も美大に行こうかな」と思い、予備校に通い勉強を始めたんです。
芸大を選んだ理由はどういった点からでしょうか。
高校では話の合う友人が2、3人しかいませんでした。彼らとは今でも友人です。ただ当時は周りと価値観の合わないことが多かったですね。日本のトップである芸大に行けばもっと面白い人が沢山いるだろうと思って受験しました。
実際に大学に入学してみた感想を教えて下さい。
それが、入学したら芸大もつまらなかったんですよ(笑)。大学にはがっかりすることが多かったですね。
15年以上も経った今も高校に作品が飾られているのは、どんな気分ですか。
まさか未だに飾って頂いているとは、当時は夢にも思わなかったので嬉しいですね。全ては受験のために予備校に入った事がきっかけです。予備校では芸術祭が開催されていて、友人と一緒に自分達も何か作ろうと、美術室を借りて制作していたんです。スーパーから段ボールをもらって『タミヤカラー』で色付けをして。その時、当時の校長先生がたまたま通りすがりに作品を見てとても気に入ってくれました。現在も保存状態がとても綺麗なので、長い間大切にして下さっている学校の方々に感謝ばかりです。

描くことで探す真実

磯野さんの高校時代の制作場所、美術室にも案内してもらった。絵具等の画材と教室の懐かしい匂い。日当たりが良く、部室の窓からは中庭が見渡せる。かつて絵を描いていたという場所で、磯野さんに作品のインスピレーションについて教えてもらった。
僕は以前音楽活動を行なっていて、デビューするかしないかの際に一旦活動をストップしました。その時のプロデューサーから「音楽と掛け合わせた形で絵を描けないかな」と言われて、音楽の部分からインスピレーションを広げて絵を描いていた事もありました。
音楽での経験によって心境の変化はありましたか。
ありました。例えばプロという世界では、お金にならないミュージシャンは立場が弱い。そうかと思えばお金になると分かった瞬間に手のひらを返すようにこれまで見向きもしなかった連中が仲良くなりたくて近付いてくる。まるで糞にたかるハエの様に。自由とは何なのか、考えさせられました。そうした経験から絵がなくても生活のできる環境にはしたいと思いました。自分が表現しやすい、動きやすい場所にしておきたいと思いましたね。
表現する上でのノウハウを音楽活動から学んだのですね。
本当はもっと高いクオリティに達したいけど、締め切りや予算、その他諸々の要因から逆算するとこのクオリティが限界、というのであれば妥協することも大事。出来る限りの事はするけど、現実的な落とし所も同時に探る、そんなところは非常に勉強になりました。当時の自分はそんな事を全く考えてこなかったので、「なるほど」と思う事はよくあります。
最後に今後の目標があれば教えて下さい。
ここ1、2年で結婚や転職をして生活がガラリと変わりました。作品制作の方も有難いことにお声がけを頂く機会も増えました。ただ目標はそんな中でもただただ自分の身近な人や友人たち等、守れる範囲の人を守っていきたい。10年近く止めていた絵も描ける環境が整ってきたので、色々な制作をじっくりと行なっていきたいと思っています。

ARTIST PROFILE

磯野泰治さん

1983年生まれ。茅ヶ崎市出身。神奈川県立鶴嶺高等学校卒業後、東京芸術大学絵画科油画専攻卒業。同大学院研究科修士課程絵画専攻修了。目で見る事の出来るものと出来ないもので構成される世界の“真実”を題材に絵画(平面作品)を制作、数多く発表している。個展、グループ展で数多くの作品を展示。2015年にはKAM主催の『Artist meets Gallery in KAM』に選出。2017年、藤沢市アートスペース(FAS)にて、藤沢市ゆかりのアーティストによる企画展「せかいをうつす」の参加アーティストとして出品した。

PAGE TOP