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Interview 01 / Masaaki Hikida

疋田正章/言葉以前の感覚を捉えて描く疋田正章/言葉以前の感覚を捉えて描く

繊細な筆致で猫や女性を描く洋画家・疋田正章さん。子どものころから絵が好きで絵画教室で絵を学び、 少年マンガなどをスケッチして過ごした。その後、 大学では理工学を学び、 大学院まで進んだ。学生時代は美術部に所属しながらも、 漠然と就職することを考えていた。そんな時、 自分を見つめなおすために大学院を急遽休学。各地を旅行しつつ、 辿り着いた禅寺で7か月間の修行を体験。その経験がひとつの転機となり、 画家になることを決意したという。
東京から電車でおよそ1時間程の距離にある埼玉県越谷。都会の喧噪を離れた長閑なこの土地に疋田さんのアトリエはある。ここでは年に20〜40点以上の作品が生まれているという。そんな疋田さんのアトリエにお邪魔して疋田さんの絵に対する思いや、 作品制作のプロセスなどをうかがった。

Photo: Shingo Mitsui Text: Shingo Mitsui / Yuki Teshiba

絵を描くということ

疋田さんにとって絵を描くとはどういう行為でしょうか?
絵を描くことは、 唯一ともいえる表現手段です。言葉は自分にとって、 時に曖昧で漠然としていますが、 反対に絵は、 言葉にする以前のもっと直接的な感情を表現できるんじゃないかと考えています。絵は”言葉以前の感覚を捉えて描く”行為といえます。
普段どういう手順で絵を描いていますか?
最初に、 鉛筆でデッサンを取り、 次に、 完成に近いイメージで固有色を乗せていきます。そして部分的に透明色を薄くかけたり、 不透明に絵具を重ねたりして、 絵肌や色に深みを出していきます。あとは自分の理想とするイメージに少しでも近付けるように、 完成まで試行錯誤を繰り返す感じですね。
天然大理石のパレットを取り囲むように立ち並ぶいくつもの筆立て。そこで大小せいくらべしている絵筆の数は100本以上だろうか。絵を描いて絵筆を試してを繰り返すたびに数が増えていったそうだ。
絵筆はちょっとずつためていったので正確な金額は分かりませんが、 ここにあるの全部合わせると何十万円かはしますよ。ナイロンとか貂(テン)とか絵筆にも種類があるのですが、 絵の具の含みが全然ちがってきます。でも全部使っている訳ではなく、 買って試してみてようやく絵の具の含み具合とかが分かるので1回使って終わり、 というものも中にはあります。あと、 絵はパネルに綿布を張り付けた支持体に描くんですが、 その支持体づくりも自分で行っています。最近はパネル自体は注文していますが、 昔はホームセンターで木材を買ってきてパネル自体も自分で作っていました。そのパネルに綿布を張り付けてから地塗り剤を水で解いて色むらが出ないように塗り、 最終的にその上に絵を描きます。

とある1日の過ごし方

絵を描きはじめると何日も人と会話をしないことも多く、音楽やラジオを聴いて夜の静寂な中で黙々と作業していくのだという。起床時間もバラバラで、起床してからの2〜3時間は食事や掃除をして過ごし、それから制作に取りかかるようだ。
1日のうち制作時間は4~5時間ですかね。起きてから寝るまで、実際に絵を描く以外にも、新しい作品の構図を考えたり、資料を調べたり、パネルを作ったり色々とやることは多いです。絵を描くときは、4~5枚を同時進行で描いていきます。平均すると1枚の絵が完成するまで1ヶ月~2ヶ月ぐらいですかね。描いている途中で行き詰まることも結構ありますよ。「これ以上、どこをどうしたら良くなるんだろう」と分からなくなるので、そういう時は思い切って時間を置いてみると見えてくるものがあったりします。近所を散歩したり、本や映画を楽しんだり、気分転換をして過ごしています。
疋田さんの普段の散歩コースを案内してもらった。この日はまだ夏の蒸し暑さが残る気候で、近所の田んぼの水路にはザリガニが繁殖し、どこか懐かしい田園風景が広がっていた。

猫を描く、人を描く

猫や女性の人物画が印象的な疋田さんだが、猫に感心を持って、絵のモチーフになったのは割と最近の話で10年ほど前からだという。身近にいた猫に魅せられたことから疋田さんは、自然と猫を描くようになったとのこと。
猫に関しては10年ぐらい前に友達が拾ってきて、それをぼくが引き取る形で飼いはじめました。それまでは、それほど興味がなかったんですけど、飼いはじめたら猫の魅力にはまってしまって。猫という生き物は、気まぐれで、捉えどころがなくて、そういうところに魅力を感じますね。猫はぼくにとっては真逆のような存在で、一種の憧憬のようなものを感じているのかもしれません。
猫だけでなく、人物、特に女性の絵もたくさん描かれていますよね?
人物は猫の絵を描く時とは違って、あんまり距離を詰めすぎず、ある程度距離を保って描くようにしています。猫は毛並みとか瞳の質感を追い求めて、とことん追求して描きますが、逆に人物はそんなに描き込みたくないんです。人物を描くときに猫ぐらい質感を追い求めたらなんかいやらしくなりますよね。そういう意味で猫と人物とでは違うスタンスで描いているというところがあります。

出会いに導かれて

アーティストとして生きることに不安はありましたか?
絵の道を志すとき、不安はもちろんありました。先が見えないですし。旅から帰ってきて、大学院を中退したんですが、その時は親に猛反対されました。ただ、最終的に父親が「しがみついてでも諦めずにがんばれ。やる気があるんだったら俺はもう何も言わん」って言ってくれたんです。その言葉を聞いて、10年、20年かかっても諦めないでやっていこうと決めました。あと、大学院を休学中にあちこち旅する中で、ある禅寺で約7ヶ月間お世話になった経験があるんです。そこでの自給自足の生活や、出会った住職さんの教えなど、たくさんの出会いに助けられて今があると思っています。
これからの夢や目標を聞かせていただけますか?
大作をもっと描きたいなっていうのはあります。個展とか定期的にやっていると小さい作品が多くなっていくんですけど、例えば猫が一枚の大きな絵の中に何十匹もいる、みたいな。そういうのを描いてみたいとは思っています。イメージはいろいろあるので、ひとつずつ着手していきたいと思ってます。
そんな疋田さん。最後にKAMへ参加するいきさつと、KAMへの印象を聞いてみた。
以前、実行委員をやっていた田中美術さんから「作品を出してみないか」と誘われたのがはじまりです。その翌年からギャラリーシークさんのブースで出展させてもらえることになって、今年で3回目です。KAMはホテルの部屋にいろんな作品が飾ってあるんですけど、普通はギャラリーというとかっちりしているじゃないですか。展示する箱があって、そこに作品があって。でもKAMはホテルですからね。ベッドの上に作品が並べてあったり、バスルームのところに作品がぶら下げてあったりとか、展示の仕方がいつも楽しみですね。

ARTIST PROFILE

疋田正章

洋画家。1978年、 京都生まれ、 埼玉県在住。無所属。立命館大学 理工学部ロボティクス学科卒業、 立命館大学大学院中退。言葉にならない、 言葉にする以前の感覚を大切にしながら、 人物や猫をモチーフにした作品を通して自分の美意識や感性を表現している。

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